インドとロシアの関係と聞いても、具体的なイメージができない人が多いかもしれません。しかし、インドとロシアの関係性は深く、現在でも世界情勢に影響を与えています。
今回は、そんなインドとロシアの関係について詳しく解説していきます。
インドとソ連(現ロシア)の歴史的関係
インドは、旧ソ連時代からロシアと関係を築いてきました。
- 経済援助から武器取引の道へ
- 印ソ同盟の締結
- アフガニスタン侵攻とインド
インドとソ連の関係で欠かせない上記の項目について、それぞれ解説します。
経済援助から武器取引の道へ
インドとソ連(現ロシア)の関係は、1950年代にスタートしました。当時のインドは独立まもない新興国で、経済発展には外国からの支援が不可欠でした。
ソ連はそんなインドに対し、ボカロ製鉄所やビライ製鉄所、ヴィシャカパトナム製鉄所など、大規模な製鉄所の建設へ積極的に支援を行います。その他にも、インドの五カ年計画を支援するなど、経済協力を通じてインドとソ連の絆は急速に深まっていきました。
1960年代に入ると、経済援助だけでなくソ連からインドへの武器輸出も始まります。当時のインドは、パキスタンとの国境紛争であるカシミール問題を抱えており、安全保障面で大きな脅威を感じていました。
そこで、インドは自国の国防力強化のため、ソ連製の最新鋭兵器の購入に乗り出します。
1962年の中印国境紛争でインドは中国に敗北を喫しますが、この時ソ連は同盟国の中国を支援しませんでした。さらに1965年の第2次インドパキスタン戦争では、戦車や航空機といった近代兵器の多くをソ連から調達し、パキスタンに対抗したのです。
このように、経済協力に加え武器取引も活発化したことで、インドとソ連の関係性はより強固なものとなっていきました。
参照:インドがイギリスから独立するまでの歴史|ラーマやガンディーの活動も解説
印ソ平和友好協力条約の締結
アメリカとソ連の冷戦が深刻化する1971年8月、インドとソ連は「印ソ平和友好協力条約」を締結し、両国関係は最高潮に達しました。これは事実上の印ソ同盟とも呼べる内容で、軍事面での協力強化や相互防衛の義務が定められています。
同盟締結の背景には、東パキスタン(現バングラデシュ)の分離独立をめぐる印パの緊張関係がありました。
当時のインド政府は、東パキスタンの独立運動を支持する立場を取っていましたが、パキスタンはこれに強く反発し、米国の支持を得てインドへの圧力を強めていたのです。
そんな中で締結された印ソ同盟は、パキスタンと米国の脅威から身を守るための「防波堤」としての意味合いが強く、インドにとって大きな外交的成果となりました。
印ソ平和友好協力条約の下、ソ連はインドに対し、MiG-21戦闘機やT-72戦車などの兵器を次々と供与しました。
参照:インドとパキスタンの仲が悪い理由|両国が分裂した歴史と現在を解説
アフガニスタン侵攻とインド
印ソ平和友好協力条約に変化が起きたのは、1979年12月、ソ連軍のアフガニスタン侵攻からです。ソ連のアフガン侵攻により、インドはこれまで友好的だったソ連とアフガニスタンの板挟みに立たされ、難しい立場に追い込まれます。
インド政府は表立ってソ連を批判することは控え、大きく関係を変える決断はしませんでした。その後も、インドはアフガニスタン問題で微妙なバランスを取り続けます。
アフガニスタンの主権と領土の一体性を尊重し、両国の平和的解決を目指す立場を貫きました。このような立ち位置は、ソ連がアフガニスタンから撤退する1989年まで続きました。
ソ連崩壊後のインドとロシアの関係
インドと同盟状態だったソ連ですが、やがて崩壊することになります。
- ソ連崩壊による関係悪化
- インドとロシアの戦略的パートナーシップ
ソ連崩壊後の混乱と、現在のロシアとの関係について解説します。
ソ連崩壊による関係悪化
ソ連が崩壊した1991年は、インドにとって大きな転換点となりました。ソ連という強力な同盟国を失ったインドは、外交と安全保障政策の大幅な見直しを迫られることになったためです。
特に、ソ連から供給されていた武器や軍事技術が途絶えたことで、インドの国防力は大きな打撃を受けました。
ロシアはソ連崩壊後、深刻な経済危機に陥ってしまい、インドへの経済支援も大幅に縮小しました。その結果、ソ連時代に構築されたインドとソ連の緊密な関係は一気に冷え込んでしまいます。インドは新しい国際秩序の中で、自国の立場を模索せざるを得なくなりました。
インドとロシアの戦略的パートナーシップ
1990年代に低迷したインドとロシアですが、2000年代に入ると再び関係を強化していきます。2000年にエリツィン大統領の後任として就任したプーチン大統領は、ロシア大統領としては 8 年ぶりとなるインド訪問を行いました。
プーチン大統領がインドを訪れた目的は、2基の商業用原子炉輸出契約の締結です。商業用原子炉輸出契約は、1988年にインドとソ連間で合意しながら、事実上凍結されていたものを再開したいと考えていたためです。
1998 年のインド核実験以降、アメリカをはじめとした西側諸国から核燃料の提供を止められていたインドにとって、ロシアの申し出は好機でした。さらに、パキスタン問題を抱えるインドにとって、ロシアからの新たな武器輸入も魅力でした。
2000年10月にはインドとロシアの戦略的パートナーシップが締結され、政治、経済、軍事、文化など多岐にわたる分野での協力が進められるようになりました。原子力発電所の建設など、エネルギー分野でも両国の協力は進んでいます。
インドとロシアの近年の関係
再び良好な関係を築きはじめたインドとロシアですが、近年の両国の動きも気になります。
- 政治関係
- 経済関係
- 軍事関係
それぞれの分野での関係性について、解説します。
政治関係
インドとロシアの政治的関係は、戦略的パートナーシップに基づいています。2000年にプーチン大統領が就任して以来、両国首脳は国際問題について活発な意見交換を重ねてきました。
特に、2014年にインドのモディ首相が就任して以降は、首脳同士の個人的な信頼関係も深まっています。2019年9月、モディ首相は「東方経済フォーラム」に招かれロシアを訪問しました。
プーチン大統領はインドを「特別で特権的な戦略的パートナー」と呼び、親密さをアピールしています。
ロシアのウクライナ侵攻を受けて即時撤退を求める決議案を採択する際も、インドは棄権しています。ロシアによるウクライナ東部・南部4州の違法併合を非難し、ロシアの即時撤退を求める決議案でも再びインドは棄権しました。
経済関係
インドとロシアの経済関係は、ここ数年で大きな進展を見せています。ジェトロ(日本貿易振興機構)によると、2022年の両国間の貿易額が350億ドルに達しました。
2019年のプーチン大統領とモディ首相の会談で、2025年までに2国間の貿易額を300億ドルまで高めることに合意していましたが、想定よりも早く目標を達成しています。
また、インドにとってロシアは重要な原油供給国にもなっていて、エネルギー安全保障の面で重要なパートナーです。2022年のウクライナ侵攻後、欧米の対ロ制裁で欧米各国がロシア産原油の買い控えをするなか、インドは逆に買い支える形になります。
2021年4~12月に約65億8千万ドルだった原油の輸入額は、2022年の同じ期間でほぼ5倍の約328億ドルに急増しています。
その一方で、軍需品の取引には変化がありました。インドにとってロシアは最大の武器輸入国でしたが、国内で自立したサプライチェーンの仕組みを確立するための準備を進めています。
インド政府は、これまでのロシア頼みだった武器輸入から、最大で半分を国内生産にすることを目指しています。インドは、ロシアのウクライナ侵攻を機に、海外情勢の変化を受けずに安定して武器の調達ができる環境を模索しはじめました。
軍事関係
軍事分野は、インドとロシアの関係の中核をなす重要な部分です。冷戦時代から続く防衛協力は、現在でもインドの国防を支える土台となっています。
インドは世界最大の武器輸入大国です。しかし、スウェーデンのSIPRI(ストックホルム国際平和研究所)によると、2019〜2023年にインドが輸入した武器のうち、ロシア製は36%にとどまりました。ロシア製の武器のシェアが50%を下回ったのは60年以上ぶりのことです。
以下のようなインドの主力装備の多くは、ロシア製またはロシアの技術によるライセンス生産品です。
- タルワール級グリゴロヴィッチ型フリゲート
- T-90戦闘戦車
- Su-30MKI戦闘機
ロシア製兵器は、比較的安価で運用コストも低いことから、予算規模が限られるインドにとって魅力的な選択肢となっていました。インドがロシア製ミサイル防衛システムS-400の購入に踏み切ったのも、対ロシア関係を重視する姿勢の表れとうかがえます。
防衛装備品の共同開発にも積極的で、超音速巡航ミサイル「ブラモス」は成功例の1つです。現状ではロシアからの武器輸入は減少していますが、将来的な技術移転も見据えた協力関係は続くと考えられています。
インド・ロシア・中国との複雑な関係
インド、ロシア、中国の3カ国はそれぞれ、ユーラシア大陸の大国として複雑な関係性です。冷戦時代、インドとソ連が同盟関係にあった一方で、中国とソ連は対立していました。
しかし、ソ連崩壊後のロシアと中国は戦略的パートナーシップを築き、関係を強化しています。
一方、インドと中国は長年にわたって国境問題を抱えており、時には軍事的緊張が高まることもありました。しかし近年、両国は経済面での協力を進めるなど、関係改善に努めています。
このような中で、インドはロシアと中国の間で微妙なバランスを取りながら、両国との関係を維持しているのです。3カ国は地域の安定と繁栄のために協力体制を強化しています。
インドがロシアのウクライナ侵攻に反対できなかった理由
2022年2月にロシアがウクライナへ侵攻した際、インドは難しい立場に立たされました。欧米諸国がロシアに厳しい経済制裁を科すなか、インドは制裁に参加せず、ロシアとの関係を維持する姿勢を取りました。その背景には、インドとロシアの特別な関係があります。
前述の通り、インドは軍事面でロシアに大きく依存しており、ロシアからの武器輸入が国防力の維持に不可欠です。また、ロシアは国連安保理でのインドの主張を支持してくれる数少ない国の1つです。
さらに、インドはロシア産エネルギーへの依存度も高く、ロシアとの経済関係を断つことはインドにとって大きなダメージとなります。
このため、インドはウクライナ侵攻に明確に反対できず、「全ての当事者に最大限の自制を求める」といった曖昧な立場を取らざるを得ませんでした。これは、ロシアとの関係を損なわないためのやむを得ない選択だったといえるでしょう。
インド人が騙されてロシアに加担させられる事件が発生
ウクライナ侵攻に関連して、インド人がロシア側に加担させられるという事件が発生しました。ロシアの軍施設ヘルパーとして契約したにもかかわらず、訓練と称して戦地へ送り込まれます。
インド外務省もこの事実を認め、ロシア政府に働きかけをしていると公表しました。何人かのインド人が除隊されたとインド外務省は言いましたが、この事件はインドがロシアとの関係を維持する難しさを象徴するものでした。
同時に、「すべてのインド国民は十分に注意し、この紛争に近づかない」と呼びかけています。
インドはロシア寄り?アメリカ寄り?
インドは伝統的にロシアとの関係を重視してきましたが、近年はアメリカとの関係も強化しています。2016年にはインドとアメリカの軍事協力を強化する印米兵站交換協定(LEMOA)が結ばれ、共同軍事演習も行われるようになりました。
一方で、アメリカのインド太平洋戦略に対しては慎重な立場を取っています。中国を念頭に置いたアメリカの戦略に全面的に与することは、インドにとってリスクがあるためです。
このように、インドは「戦略的自律性」を重視し、ロシアとアメリカの間でバランスを取る外交を展開しています。ロシア寄りでもアメリカ寄りでもない、自国の利益を最優先する「インド寄り」の立場といえるでしょう。
インドはロシアとの関係を維持しつつ、同時にアメリカや日本など他の国々とも協力関係を築いています。地域の安定と自国の発展のため、先進諸国との関係をうまく取る外交が当面は続くでしょう。
まとめ:インドとロシアの良好な関係は今後も続く見通し
インドはソ連時代からロシアと深い関係を築いてきました。ソ連はインドの独立直後から積極的に経済支援を行い、やがて国防にとって重要な武器の輸出も行います。
ソ連崩壊後は、ロシアの経済が悪化したため関係が冷え込んだ時期もありましたが、プーチン大統領が就任してからは積極的にインドとの関係回復に務めました。その結果、現在でもインドとロシアの関係は良好です。
ロシアがウクライナ侵攻を開始した後も、インドはロシアを非難せず、欧米諸国と絶妙なバランスを維持しています。インドは立場上、多くの国とバランスを保つ必要がありますが、今後もインドとロシアは良好な関係を築いていくと予測されています。