インドにはITや製造業のイメージを持っている人が多いかもしれませんが、古くから農業も盛んに行われてきました。現在でもインド各地では農業が盛んに行われています。
しかし、従事する農家は貧困率が高く、問題を抱えているのが現状です。本記事では、インドの農家の貧困状況と政府の政策を中心に解説していきます。
農業大国インドと貧困を抱える農家
農業大国のインドですが、現状は貧困問題が続いていて多くの農家が苦しい生活を送っています。現在のインドの農業規模と、貧困に陥っているインドの農家の現状について解説していきます。
インドは世界2位の農業大国
インドは世界第2位の農業生産額を誇る農業大国です。2022年の農業生産額は579,814百万ドルに達し、中国の1,374,206百万ドルに次いでいます。
インドの国土は32,873万haで、日本の約10倍にあたります。その国土の約半数が農用地になっているため、農業生産額も世界トップレベルです。
国民の約50%が農業に従事していて、主要な農産物は以下の通りです。
- バナナ
- マンゴー
- グアバ
- パパイヤ
- 米
- 茶
- 小麦
- トマト
- トウモロコシ
- サトウキビ
特にバナナ、マンゴー、グアバ、パパイヤなどの生産量は世界第1位です。同時に、インドは世界トップクラスの乳製品生産国でもあります。
インドは農村部の人口が多く、その大半が農家を営んで生活しているため農業大国になりました。
参照:農林水産省「インドの農林水産業概況」
参照:GLOBAL NOTE「世界の農業生産額 国別ランキング・推移」
インドの農家と貧困
インドは農業大国ですが、従事する農家の多くは貧困を抱えています。農家の平均月収は 8,931ルピー(約16,000円※1円=1.82ルピー換算)で、非農家世帯の3割以下とされています。
インドの農家は小規模農家が全体の8割を占めているといわれているため、多くの農家が限られた所得でギリギリの生活を送っているのが現状です。
これまでに債務免除を求めるデモも何度か発生していますが、改善の兆しは見えていません。インドのモディ首相は、継続して農家への支援を続けています。
インドの農業が抱える課題
インドの農業は、以下のような問題を抱えています。
- 農業規模の格差
- 技術面の課題
- サプライチェーンの問題
- 度重なる自然災害
特に、度重なる自然災害によって生産ができなくなってしまう農家が後を絶たないのが問題です。
農業規模の格差
インドの農業は小規模農家が大多数を占める一方で、大規模農家も存在するという二極化が進んでいます。小規模農家は、2ヘクタール未満の農地を所有する農家のことを指します。
インドの農家の約8割がこの小規模農家に分類され、限られた農地で生産を行っているので生産量が少なく、収入も少ないのが現状です。
その一方で、広大な土地を所有して大規模生産している農家も存在しています。大規模農家は資金に余裕があるため、機械化や先進的な農業技術を導入して高い生産性を実現しています。
この農業規模の格差は、インドの農業が抱える大きな問題の1つです。小規模農家の生産性を高めて収入を増やすことが、インドの農業政策の重要な課題となっています。
技術面の課題
インドの農業は、技術面でも多くの課題を抱えています。インドの農家の多くは、伝統的な農具を使ったり手作業で農作業を行ったりしています。
トラクターなどの農業機械を導入したくても、収入が少ないことからローンの返済が見込めません。工業化できない小規模の農家が大半を占めているため、低い生産性を維持し続けているのが問題です。
さらに、優良品種の普及も遅れています。インドでは在来種の種子が広く使われており、他国と比べると高収量品種の生産は多くありません。このような技術の遅れが、農家の貧困にもつながっています。
サプライチェーンの問題
インドの小規模農家は、サプライチェーンの問題も抱えています。農家と消費者をつなぐ流通システムが発達していないため、仲介業者が提示する金額でしか農作物を買い取ってもらえず、手取りが少なくなっているのです。
インドでは、農産物の流通に多くの仲介業者が介在しています。仲介業者は農家から安い価格で農産物を買い取り、高い価格で消費者に販売します。
農家が受け取れる収入は最終小売り額の3割程度まで圧迫され、仲介業者は大きな利益を得るシステムになっているため、小規模農家の貧困は改善されません。
また、収穫後の農産物の保管や輸送の際にも、大きな損失が発生しています。冷蔵設備や輸送手段が不足しているため、農産物が腐敗したり品質が低下したりするケースが多発しています。
度重なる自然災害
インドの農業は度重なる自然災害の被害を受けています。インドでは洪水や干ばつ、サイクロンなどの自然災害が頻発し、農作物や農家に大きな被害を与えているためです。
特に、地球温暖化による干ばつは深刻な問題です。インドでは、気候変動による干ばつが増えていて、農作物の収穫量が減少しています。
洪水も農業に大きな被害を与えます。雨季の南西モンスーンは、年間降水量の70%に達するため、河川が氾濫して農地が水没するケースが多発しています。
水没した農地では農作物が腐敗し、収穫ができなくなってしまいます。また、汚水が流入してしまうと土壌が悪くなってしまい、農作物の生産ができなくなる点も問題です。
このように、インドの自然災害は農家の収入を大きく左右する要因となっています。政府は災害に強い農業を実現するために、防災インフラの整備や農業保険の普及などに力を入れています。
インド政府の農業政策
インド政府は、農業を支援するために度重なる支援を行ってきました。
- 緑の革命
- モディ首相の農業政策
特に、緑の革命は食料自給率を向上させた反面、多くの課題も残しています。
緑の革命
インド政府は、1960年代半ばから農業の近代化を進める「緑の革命」を推進してきました。緑の革命は1960年代から1970年代にかけて、主に発展途上国で行われた農業技術革新のことです。
インドでは高収量品種の導入、農地の整備、化学肥料や農薬の使用拡大などが図られました。その結果、パンジャーブ州やハリヤナ州など北西部の諸州で高収量品種の生産が増え、収穫量が増加します。
当時のインドは食糧危機を抱えていましたが、小麦や米の生産量が大幅に増加したことで食料自給率が向上しました。緑の革命によって、インドは自国で食糧を賄えるようになりました。
一方で、緑の革命は、環境面での問題も引き起こしています。化学肥料や農薬の多用によって、土壌の劣化や地下水の汚染が進んだためです。
また、高収量品種への依存が高まったことで、在来種の種子が失われつつあります。このように、緑の革命は食糧の増産には成果を上げましたが、持続可能性の面では課題を残しました。
モディ首相の農業政策
現職のモディ首相は、農業を重要な政策課題の1つに位置づけています。モディ政権は、農家の所得倍増を目標に掲げ、様々な農業政策を打ち出してきました。
これまでに打ち出した主な政策としては、以下のようなものがあります。
- 電子国営農業市場(eNAM)
- 首相作物保険プログラム(Pradhan Mantri Fasal Bima Yojana : PMFBY)
- 土壌健康カードスキーム(Solid Health Card Scheme : SHC)
- 農地リース法案
特に、ムダな仲介コストを撤廃するための電子国営農業市場には多くの指示が集まっています。
電子国営農業市場(eNAM)
電子国営農業市場は、2016年4月から始まりました。全16州にある585箇所の農産物卸売市場をインターネットで繋ぎ、124品目の農産物を取引可能にしています。
電子国営農業市場によって買い手が全国に広がること、仲介業者が不要になったことで小規模農家の収入増加が見込まれています。インド政府によると、2018年末時点での登録者は1,300万人に達し、約640万の農家が利益を得たと発表しました。
その一方で、職員不足でライセンス取得が遅れている点や全ての州で認められていない点など、課題も残っています。
首相作物保険プログラム(Pradhan Mantri Fasal Bima Yojana : PMFBY)
首相作物保険プログラムは2016年2月から始まったプログラムで、洪水や干ばつなどの自然災害から農家を守るための政策です。作物保険に加入することで自然災害が発生した際に農家の補償を行い、生活を安定させることが目的です。
カリフ作物(雨季)に2%、ラビ作物(乾季)に1.5%の保険料をかけ、残りの費用は州とインド政府が補填しています。農家の加入数は増えましたが、作物の適用範囲が狭いことや保険金の支払いが遅れることが問題視されています。
上記の理由から作物保険の加入者数は年々減少していて、制度の見直しを求める声が増加しているのが当面の課題です。
土壌健康カードスキーム(Solid Health Card Scheme : SHC)
インドでは農業の土台となる土壌の劣化も深刻化しています。インド政府は、2015年2月から土壌健康カードを始めました。
土壌健康スキームは各農地の土壌を採取し、必要な情報をカードにまとめることで農家が適正な肥料の量を把握できる仕組みです。2019年4月時点で約8,500万世帯の農家をサポートし、長期的な農業を支援しています。
農地リース法案
小規模農家の事業規模を拡大するために、インド政府は2016年に農地リースを認める法案を策定しました。それまで農地リースを認める州政府はごく一部でしたが、インド政府はそれぞれの州政府に農地リース法案を成立させるよう働きかけています。
しかし、インドでは農地の保有上限が決められていたり土地登記で使用者を特定しにくかったりという問題があり、流動的な農地使用は難航しています。
インドの農業地域の特徴
インドは全土で農業が盛んですが、地域によって生産する農産物が異なります。
- 米生産の多い地域
- 小麦生産の多い地域
日本で食べられている物もあるので、それぞれの農業地域の農産物を紹介します。
米生産の多い地域
インドの米生産は、東部と南部の州に集中しています。州別の生産量ランキングは、以下の通りです。
順位 | 州名 | 生産量 | 割合 |
1 | 西ベンガル州 | 1,472 万トン | 15.22% |
2 | アンドラプラデシュ州 | 1,332万トン | 13.78% |
3 | ウッタルプラデシュ州 | 1,178万トン | 12.18% |
4 | パンジャブ州 | 1,049万トン | 10.85% |
5 | オリッサ州 | 754万トン | 7.80% |
上記の州では年間を通じて降水量が多く、雨水を利用した天水田が広がっています。
インドでは、バスマティ米などの高級品種の生産が盛んです。近年は都市部での需要の高まりを受けて、高品質な米の生産が拡大しています。
一方で、気候変動による影響も深刻化しています。降雨パターンの変化や降水量の増加などの地球温暖化の影響は大きくなっていて、十分な対策ができていません。
小麦生産の多い地域
インドの小麦生産は、北部の州に集中しています。州別の生産量ランキングは、以下の通りです。
順位 | 州名 | 生産量 | 割合 |
1 | ウッタルプラデシュ州 | 2,568万トン | 32.68% |
2 | パンジャブ州 | 1,572万トン | 20.01% |
3 | ハリヤナ州 | 1,024万トン | 13.03% |
4 | ラジャスタン州 | 712万トン | 9.06% |
5 | マディヤプラデシュ州 | 603万トン | 7.67% |
上記の州では、緑の革命で灌漑の設備や肥料の導入が進み、高収量品種が普及したことで生産量が大幅に増加しました。
近年は、高温や干ばつによって小麦の品質や収量が低下するケースが増えているのです。こうした課題に対応するため、耐熱性や耐乾性を備えた品種の開発が求められています。
まとめ:農業大国インドは課題を多く抱えている
インドは世界第2位の農業大国です。米や小麦、果物など多くの農産物を生産していますが、農家は貧困を抱えていて都市部との経済格差が深刻化しています。
インド政府は緑の革命やモディ首相の政策を積極的に行っていますが、根本解決には至っていません。機械の導入など、いかに生産性を上げられるかが課題です。
地球全体の気候変動で自然災害も増えているので、インド政府は農家支援と同時に環境整備も求められています。